04「いざかや」調査(特別の来客)

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突然の来客です。


調査報告書04「特別の来客」

○年△月◎日

【要約】
本日、勤務中に思わぬ人物の来訪を受けた。陛下が突然「いざかや」を来訪され、現場に小さな混乱をもたらした。事前通告はなく、護衛も最低限での来店。本人は気さくな様子でおられたが、当方にとっては予想外の対応を強いられる事態となった。以下にその詳細を記録する。

【状況】
開店後しばらくして、店の入口に見慣れた人物を確認。付き従う家臣とともに、変装もせず堂々たる来訪であったため、周囲の客も即座に注目した。自ら手を振り、満面の笑み。私自身は驚きと困惑を隠しきれず、表情筋の制御に難儀した。飲食物を運ぶ手は震え、接客中に手元のジョッキを強く置いてしまったのは反省点である(被害なし)。
陛下の来店により、客の視線が一斉にこちらに集まり、結果的に私の「正体が確定した」可能性が高い。
→数日後、明らかに客層の様子が変化しはじめる(詳細は別報告参照〔作成中〕)。

【感情と反応】
「公私をわきまえないにもほどがある」これが率直な第一印象である。たしかに、調査中の身であることはお伝えしていないが、なぜよりにもよって“王”そのもののお姿で来られるのか。その無神経さに対する怒りと、ある種の諦念が心中で交錯した。
ただ、父の表情に悪気や軽薄さが見えなかったのが、怒りきれない理由でもある。
帰宅後、ノートに向かう手が止まり、「どうしてあの人はいつもああなのか」としばらく考えていた。感情の整理には時間がかかった。

【観察記録】
陛下は終始ご機嫌で、注文に戸惑うこともなく「いつもの調子」でおられた。
• 店長・同僚には丁寧な口調で応じていたが、時折「こちらの様子を探っている」ような視線も向けられた。
• 客の中には、陛下の存在に気づいた者もおり、私を指さしながらひそひそと話す様子があった。
• 自分の中で怒りと羞恥とが渦巻いていたが、それが表に出ないよう努めた。

【考察】
「王の行動により、覆面調査はもはや意味をなさなくなった」これは一面的な見方である。むしろこの出来事によって、「本物である」と確信した客が増え、その後の状況変化を観察できるようになった。

つまり「バレたこと」自体が、新たな調査の段階への移行を促したとも言える。問題は、私がまだその“次の段階”に心の準備ができていなかったことだ。陛下の無邪気さが、現場での私の立場を決定的に変えてしまったという点において、家族関係と社会的立場の接点について今後も検討が必要とされる。

【非公開のメモ】

  • 帰宅後、灯りの前でずっとノートを開いていた。書き出すまでに時間がかかったのは、怒っていたからではなく、呆れていたのだと思う。
  • ビールのジョッキを強く置いたとき、父の目が少しだけ驚いていた。その顔が妙に印象に残っている。
  • もう来ないでほしい。いや、来るならせめて、あの格好はやめてほしい

追加報告書「護衛の行動について」

(調査報告書03「特別の来客」補記)
当初は、陛下のご来訪についてのみ記録する予定であったが、その後に発生した予期せぬ事態について、記録を追記する。

発生事象:護衛による機密事項の露見
店内において、私服で警護にあたっていた護衛の一人が、陛下の入店に反応し、突如直立不動の姿勢をとって大音声にて敬礼。さらに、陛下から「そなたは何者か」と問われたことに対し、「王女殿下の警護を命じられた○○であります!」と職務内容を公言した。
これにより店内の空気が一変。「コスプレの王様」かと疑っていた客の視線が一斉に私に集中し、「あれ本物だ……」という確信を抱かせる決定打となった。

【所見】
・護衛としての忠誠心と反応速度は評価に値する。
・しかしながら、「任務内容の開示」「飲酒中の行動失態」等、現地判断としては不適切な点が多々あった。
・また、陛下の「誰何(すいか)」そのものが事態の混乱に拍車をかけたことは否定できない。

【反省点(自己の関与について)】
本件の最大の問題は、私自身が「護衛を配置する」という方針だけを伝え、その行動原則や目的、対応すべき状況などについて一切説明していなかったことである。
・護衛に対し、「目立たぬこと」「飲酒に伴うリスクの自覚」「万一の際の沈黙義務」など、具体的な行動基準を提示していなかった。
・また、陛下に対しても、現地での私の立場や目的について何も説明していなかった。これは、護衛の混乱を助長した可能性がある。
要するに、「言わなくてもわかるはず」という私の甘えが、状況を決定的に崩壊させた。

【今後の対応】
・護衛の再教育および指示伝達の明確化が必要。
・また、私自身も、感情的な反応を抑え、情報管理と立場の自覚を持って行動すべきである。
・現時点で「覆面調査」としての機密性は事実上失われており、以後は「バレた状態での行動と反応」を観察対象とせざるを得ない。

【備考】
なお、本件において最も印象に残ったのは、私のジョッキを運ぶ手が震えていたにもかかわらず、父–陛下がそれに気づいた様子を見せなかったことだ。
…気づいていたのかもしれないが、いつも通りの笑顔で返された。
そういうところなんです、ほんとにもう。

(本記事の内容はフィクションであり、実在の人物・団体とは関係ありません。また、イラストは生成AIを活用して作成しています。)